大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所金沢支部 昭和57年(う)14号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮六月に処する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人林晃司名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴趣意第一点(事実誤認)について

所論は、要するに、被告人が原判示当日相当の飲酒をなして酩酊し、原判示第一ないし第三事実を敢行した当時自己の行為の是非を判断する能力を著しく欠く心神耗弱の状態にあったのに、心神耗弱の状態にあったと認めなかった原判決は、事実を誤認したもので、右事実誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、原判決挙示の各証拠によれば、被告人は、原判示当日午後四時ころから、料亭「望月」で日本酒銚子約五本及びビール大瓶約一本を、同午後六時三〇分ころから同所別室で日本酒銚子一本及びビール大瓶約三本を、更に同午後八時過ぎころから、スナック「パートナー」でウイスキー水割り約三杯をそれぞれ飲み、同所を退出した同午後一〇時ころには相当酔っていたが、当日は日曜日で警察の取締もないものと思料して自車の運転を開始し、原判示交通事故を起こした直後には、飲酒運転での交通事故が発覚して自動車運転免許が停止されるのを危惧し、後方から被害者らに自車の車両番号が判読されないようにとテールランプをわざわざ消したうえ、自車を運転して逃走を計ったもので、見当識障害は全くないこと、被告人は原判示当日における飲酒状況、交通事故状況、同事故後の逃走経過等につきかなりの記憶を有すること等の事実が認められ、右事実からすれば、被告人は原判示日時ころ、相当に酔った状態にあったとはいえ、所論のように心神耗弱の状態になかったことは明らかで、原判決には所論のような事実誤認は認められない。論旨は理由がない。

次いで、控訴趣意第二点(量刑不当)について検討するに先だち、職権をもって検討するに、原判決は刑法四五条前段の併合罪の関係にある原判示第一ないし第三の罪につき併合罪処理をするに際し、刑法四五条前段、四七条本文、一〇条を適用しただけで、同法四七条但書を適用しておらず、この点において法令の適用の誤があり、しかして同法四七条但書を適用しない場合の処断刑は懲役一月以上七年六月以下であり、正当に同条但書を適用した場合のそれは長期において二年も短い懲役一月以上五年六月以下であるからして、正当な処断刑の程度及び正当な処断刑を超える部分の正当な処断刑に対する割合並びに本件各犯行の罪質、態様、被告人の前科、その他証拠上認められる情状を考慮すると、正当に同条但書が適用されておれば原判決の量刑は現実の宣告刑より軽いものとなったであろう蓋然性が認められる。しからば、原判決の右法令の適用の誤は、判決に影響を及ぼすことが明らかで、原判決はこの点において破棄を免れない。

よって、控訴趣意第二点(量刑不当)に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条を適用して原判決を破棄することとし、同法四〇〇条但書に則り当裁判所において更に次のとおり判決する。

原判決の認定した罪となるべき事実に法律を適用すると、被告人の原判示第一の酒気帯び運転の所為は道路交通法一一九条一項七号の二、六五条一項、同法施行令四四条の三、原判示第二の各業務上過失傷害の所為は刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、原判示第三の報告義務違反の所為は道路交通法一一九条一項一〇号、七二条一項後段に該当するが、右各業務上過失傷害の罪については一個の行為で五個の罪名に触れる場合であるから刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の最も重い田谷正敏に対する罪の刑で処断することとし、本件各犯行の罪質、態様等に加え控訴趣意第二点(量刑不当)の所論のうち肯認しうる被告人に有利な諸事情をも併せ斟酌して、各所定刑中原判示第一及び第三の罪については懲役刑を、原判示第二の罪については禁錮刑をそれぞれ選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により最も重い原判示第二の罪の刑に同法四七条但書の制限内で法定の加重をし、右加重をした刑期の範囲内で被告人を禁錮六月に処する。

以上の理由により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 辻下文雄 裁判官 石川哲男 阿部文洋)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例